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映画とアニメのその先へ。

映画・アニメの紹介と感想。作品のその先で、どこかで誰かが何かと繋がるのを期待して。

レッドタートル:言葉は無くても伝わる生命の営み。

page.6

『レッドタートル ある島の物語』
 (2016年/マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット

案の定、話題にならなかったですね。悲しい。
ジブリと言っても制作は日本ではないです。なんでジブリって大きく言ったかなあ云々…。
『聲の形』もあったとはいえ、ヒットはしないだろうと予想はしていました。宣伝て凄い。

筆者としては、とても好ましい映画でした。
母親にも『君の名は。』は映画館で観る価値がもちろんあるけれど、
ロングランになるだろうから今観るなら『レッドタートル』を観て!と推してます。

監督のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットについては筆者も詳しくないので調べました。
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
イギリスを拠点に活動しているオランダ出身の短編アニメーション作家、アニメーター。
今年で63歳。
監督作:『お坊さんとさかな』『岸辺のふたり
その他、ディズニー作品『美女と野獣』では、ストーリーボード・アーティスト、
世界各国のCM制作を多数手掛けていらっしゃいます。
今回の制作に至った経緯ですが、短編であった『岸辺のふたり』を観て
この監督の長編作を観たい!と思ったのが、ジブリのプロデューサーである鈴木敏夫氏であり、
マイケル監督は尊敬する高畑監督の助言を受ける事を条件に長編制作にとりかかったと。
そして高畑監督参加の元、今作が生まれたということです。

さて、内容です。
想像以上に、生命が溢れていました。
人間のおこがましさ。自然との共存。生きていくということ。
三位一体と言うのでしょうか。ファンタジックな設定もありますが、
舞台となる小さな島にまさに
いのちが詰まっていたと思います。
そして、この作品、予告から想像はついてましたが
言葉なし。
声は発しますが、言葉ありません。言葉ありきが全てではありません。



※少しネタバレ入れます。





荒れ狂う波から始まり、時代設定も主人公の男の素性も全くわからない。
とある無人島にたどり着いて過ごす。そこでウミガメが海に戻るところに出会す。
(ここは一応伏線なのかと思いましたが明らかでないからわかりません)
体力も戻り必死に帰ろうとするも、レッドタートルに何度も舟を壊されて挫折してしまう。
ここで、神秘的な事だけが全てではないと、人間の怖いところが浮き彫りに。
自分の舟を壊す亀を見つけて憎らしさのあまり傷つけてしまうのですね。
ひどいな、と思いつつもせっかく帰ろうとしているのに悉く押し戻されたら
憎たらしくもなるよなー(やりすぎだけど)って感じでした。

やりすぎた事を反省して甲斐甲斐しく看病?しているとあら不思議。
亀が女性になったではないですか。
年月はすぎ、男性と女性の間に子どもが生まれます!
元は亀ということはさておき、いのちは続くんだなあってしみじみしてしまいました。

が、しかし。自然の脅威を特に我々日本人は忘れてはいけません。
子どもも大きくなったある日、親子で貝をとっていると、見る見るうちに波が引いていく…
察しますよね。来るって。大津波が。
小さな島に悲劇が訪れます。そのシーンの迫力といったら。
波の作画がリアルだとかそうじゃないんですけど、音とか迫り方とか
登場人物の逃げ方だったり、植物を巻き込んでいく様子にぞわっとしました。

いのち、をテーマに置いているだけあって、綺麗事では終われない。
それは対人間ではなく、対自然と生きていかなければならないということでもあり。


あとは旅立ちだったり、生まれれば最期はやってくることだったり。
2時間一言も言葉を発してないのに伝わってくる凄さ。
無声映画なんて1、2本しか見てないような私でも映像だけで伝えるって凄いなと。
生命力溢れるアニメーション映画だったと思います。



おわり。


君の名は。:(番外編)男が前のめりな作品も作れるんだ!

君の名は。

ここまで書かせるとは。話題性に欠かないわ。興収も順調ですね!

 page. 5.5 *番外編*

1か月前にはこの発想に至っているのですが、今改めて書き記しておこうかと。
いろいろと頭の中で考えてるなかで、今作は前作までのオマージュなのか反省なのかがあったりして
じゃあ前回までの主人公たちと比べたらって話をします。
いろんなところで言われてるけど、前回までは割と少年が根暗というかポジティブな感じではないですね。
とか言っておいて今回の話に繋げる人はまだ見ていない。瀧くんに重なりすぎたのかしら。

※各作品ネタバレちらっとあります。

秒速5センチメートルの貴樹は、中学生の頃は会いに行きましたけど、
その後は手紙を書いてもいつの間にか途切れてしまい、引きずるように人生を歩みます。
「会いにいけよ!」って思うのもよくわかります。遠くても日本だし会えないわけじゃないんだよね。
結局引きずって探すように過ごす2人にもどかしくなってしまった印象が強く残ってると思います。

ほしのこえは、なんとも言えない。物理的距離がありすぎる。
あえて言うならば、ノボルの「もしかしたらメールが来るかもしれない」という思いから抜け出せずに
進まない時間を生きてしまっていることが救いようのない部分になるのでしょうか。

雲のむこう、約束の場所は、会いに行くようなものだけど、どちらかというと助けに行くって感じだよね。そこまで前向きな感じはしないのはなんでだろう。記憶曖昧だから見直そう。

言の葉の庭は、夢を追う少年ではありますが、大人になろうとして追いついてない背伸びしてる部分があって、前へ前へ行くほどもがいてるだけに見えたのでやっぱり違うのよね。あれは恋物語だし。

星を追う子ども』は会いに行くようなものですけれど、女の子なので除外してます。猫も。

で、今作ですね。瀧が三葉に伝えたかったこと。

「お前が世界のどこにいても必ず会いに行くって」

に集約されてますね。

入れ替わりでお互いを知り始めて、気になり始めた頃に突然連絡が取れなくなってしまい、
取り憑かれたように糸守の絵を描く瀧くんがそれを持って、確信のない、確信を求める旅に出る。
この時点で既に今までの主人公たちとは一線を画してると思います。
(いろいろ批判もしてるけど、会いに行って現実を知るまでの流れは好きです。)

三葉は彗星が落ちる事は知るよしもなく、また、瀧くんに会いに行きますが、
時代が違う為に彼は気づかず失恋という形で終わってしまいます。そして、瀧くんです。
”瀧くん”は三葉に会いにいく為、糸守を救う為に時を超えて彗星の落ちる前に飛ぶことに成功。
また、父である町長の説得に失敗した後に入れ替わった三葉は御神体の山にいると感じ山を駆ける。
これも会いに行っているのは”瀧くん”。

行動力は三葉の方があるように見えるんだけど、それ故に瀧くんの平坦さがよく伝わる前半。
その前半と相対するように瀧くんが覚醒した感じがよくわかるなあと感心しました。

 

というわけで、ポジティブ男も描けるんだね!大発見!そこは敗北です。



ちなみに、オタクほどたぶん目敏く言う部分かもしれませんけど、
瀧in三葉が自転車で山登るシーンでパンツ見えますよね!
あれ、個人的には「お、細かく入れてくるな〜」って思うし、
大衆向けジブリでもあるので別にそれ自体におかしなところは何もないのですが、
今回の作品からして胸を揉んでたり男女のあれこれはあっても演出的にはあれ無くてもよかったなと。
つまり何が言いたいかというと、 

誰かのフェチだな

って思いました。

 




 終わり。

 

君の名は。:(その2)さらば新海。〜手放しに喜べない意地と寂しさ

page.5

君の名は。』(2016年/新海誠

 タイトルにある通りです。私が知っていた新海作品はどこかへ消えてしまった。何を知っていたのか、と自分でも思う。私の中でもう見切りをつけたので、その理由を含めてつらつら書きます。

 初見は、自分の感覚がおかしいのかと思いました。「ふーん」くらいだったな。おもしろくなかったわけじゃない、かといって傑作ではないだろうと。でも、やっぱり私はこの映画をオススメはすれどそれは普段アニメを見ないような人たちにであって、少数派であってもいいと思いました。
よって、この記事ではほぼ褒めてません。褒めるようなところも…。
イライラする人もいるでしょう。それでもよければお読みください。
ネタバレあります。

 「この映画に文句言うのはキモオタ」とか、「好きになれないのは新海作品を知らない」とか色々な事がネットでは言われてますね。キモオタの否定は出来ないけれど、新海作品はすべて見てるし、たぶんそう言う人よりもアニメ見てます。ただ、アニメを見すぎた故に、映画を見てきた故に、たぶん楽しめなかったのもひとつあったと思う。邪推というかね。純粋に見れたとしてもどうかな…。

さて、個人的評価が低い理由。

タイムパラドックスが気になりすぎた(後々”結び”で説明がついたが。)
  →3年の時差、瀧が組紐を三葉に渡してしまったら3年後の瀧くんは
   本来持っていない事になってしまう。組紐を通して繋がった世界はどこへ?と云々
書くと、
   その後、持っていない事になるから忘れるのも当たり前なのか。
   でもどうしても思考が行ったり来たりしてしまう。最終的にはパラレルワールド的な事かと。
   特に2人が重なった空間は
次元を超えているんだろう。というところでやっと
   落ち着きました。ここだけは
”彼れ誰時””誰そ彼時”
   ユキちゃん先生が教えてくれてるのでこの設定だけは好きです^^

・内面がよくわからない
  →いつのまにか落ちているのが恋、時間軸はずれていても相手に代わって相手の人生を
   歩んだ数日間は
長く一緒にいるよりも濃密な時間で恋が芽生える事もきっとある。
   という解釈はできるが、しかし、これまでの新海作品に、私は
   ”狭い世界しか知らない子どもが、葛藤や出会いと別れを経験して大人になる、成長する”
   という感覚を覚えていたのです。猫や庭のように登場人物に大人がいても、なかなか
   前に進む事が出来ない感じを、繊細な背景描写と共に描いていてそれが好きだった。
   (雑誌で、監督はどの作品も否定していますけどね。自分の作りたいものでなかったと。)
   しかし、今回はどうか。三葉と父親の関係はこれまでなら何かしら回収されていただろう。
   瀧くんは、たぶん変化がない(きっと奥底では望んでる)毎日を過ごす青年なのかなあ
   程度であって、きっとそれは合っているんだろうが、立花瀧という人物像が見えるようで
   見えてこない。描ききれていたかといえばそうも思えない、
   描かなくても伝わる表現かと言われても…という中途半端さだった。
・音楽がしつこい
  →話題性は抜群。間違いない。予告でもテンションあがったのは認める。
   しかし蓋を開けてみたら…。4曲もいらなかった。OPも確かに新しさはある。
   あるが、入れ替わりの描写では邪魔臭く、OPもあり既に飽きがきた。
   「スパークル」は挿入歌としては十分に効力を発揮していたように感じるが、
   エンディングがまるで『秒速5センチメートル』への当て付けのよう。
   あの場面で流すのかと…。とにかくBGMにもならない、歌詞あれば入り込みやすい
   というような使い方が好きになれなかった。
   むしろ歌詞あり=4曲の部分を繋いでも物語になりそう。PVを繋いだだけのよう。
   それが陳腐に思えてしまった。これまでもPVと揶揄されてきたけど今回は総決算か。
   【OP→入れ替わり→彗星落ちる→数年後、再会】こんな風に。

   CMに定評があるだけあるわね。

・オマージュだと思えない
  →これが自分が純粋に見れなかった最大の原因かと。オマージュとパクrの紙一重。
   オマージュがあるって言ってるけど私からしたら自分の作品でさえオマージュではなく、
   『君の名は。』でこれまでの作品の粗を昇華させただけのような。
   これいれとけば喜ぶだろ?的な。他作品からのもどっちかというと既視感ばかりで
   その考えが邪魔をする。あなたの表現はどこですか?みたいな。
   今まで確かに背景作画が良いと言ってきたけど”背景だけ”に成り下がってしまった…。
   事実かどうかはさておき、三葉がかけて転ぶところは時かけのような、
   路地裏からの構図は虹色ほたるのような。他にも色々と…見たことありすぎる…。
   まあテレビではほとんど取り上げられないけど、アニメ・映画誌では挙がるほど
   優秀なアニメーターさんたちが関わってるから影響はあったろう。

・過去を全て否定されて出来た事に納得いかない

  →過去作品も含めて、なかったようにする内容が受け入れられなかったのかも。
   何度でも言うけど、映画館でもっと映画を観てほしいと考えている私としては、
   本当に素晴らしい動員を記録してくれたし、日本屈指のアニメーターが参加している作品で
   すごいことだと思ってます。思ってるけど、これが作りたかったものなのか…って感じ。
   大衆受けを目指していたとはいえ、内容があまりにも薄すぎる。
   インタビュー記事も色々読んだけれど、今までの作品は”覚えていない”ような話だった。
   その時その時の必死さかと思ったがそうじゃなかった。クリエイティブな人間にとって、
   それまでの作品が完成されていないといった発言を責めはしないけど、
   公開当時は良い発言?があたり前だけど前のめりな発言があったと記憶している。
   でも今語ると思い入れがさほどないらしい。

   あと震災が云々て言ってる記事あったけど、インタビューで意識してませんて言ってたよ。
     (これだとじゃあ無意識に作れて素晴らしいとか思うのかな?)まあどちらにしても私は
   インタビュー も含めて過去をなかった事にした作品だったと思うよ。
   そりゃ救済という良い結果ではあるけど、そもそも糸守?ってなってたし。忘れてたよね。
     今の若者はこれの方が感動するのかな?運命的な映画としてこれが記憶に残るのかな?

   ふーん。
 
   これまでもジュブナイル小説とか、(信者なので)時かけタイムリープ
   いろんな作品の別れをすべてなかった事にしてる感じと、
   やっぱり何も中身がないような感覚が残ってしまうのよね。
 

映画観ながら”置いていかれる”と思った。

とんでもない世界へ行こうとしている、ついていかなきゃという思いだった。

でも、残ったのは「これが新海誠にとって満身創痍なの…?」という感想のみ。

アニメーターとしての実績と信頼があってこそのスタッフなのは理解しているけれど、

つまんない人になったなと。さらば新海。

(アニメ映画好きだから今後も見ると思うけど、もう過去のような作品は生まれないでしょうね。)

ポスト宮崎駿とかいうメディア大好きな表現が大嫌いなんだけど、
新海さんも細田さんも全然違うと思うのよね。ただ、悪い意味でポスト宮崎駿だわ。
千と千尋あたりでストップした感じが。
細田作品信者だと自負しているので小言ですが、ケモナーと揶揄されている部分はあるものの、
描きたいのって凄く伝わって来る。たぶんリアルだけどリアルすぎず表現しているのが私は好き。
新海作品はリアルさが持ち味でもあったような気がするけど、リアルに近づけようとして、
でも美しくあってほしい世界という現実逃避さが今作は詰まりすぎてたと思いました。

もう悪口にしかならなそうだから止めよう。


おわり。


ちなみに、最後エンディングかかるところの
すれ違い部分は
「また、同じ事してる…」ミスリードさせる気だなと初見から思ってた。
というか序盤で生きてる事は判明しているので、再会させるつもりがある事は
なんとなく想像ついてたんだよね。
あとはどう辻褄合わせて助けていくのかなって観てた。 


   

君の名は。:(その1)オススメは、しますよ。

page.4

君の名は。』(2016年/新海誠

 

先に言いますね、別に自分の意見変えるつもりありませんが、胸クソに思う人もいるだろうからね。
※ややネタバレ有り。※これは褒めちぎっておきますね^^

 →この作品を高い評価しない理由は分けます。長くなるので次に。

それでも3回は見てるんです。元々新海作品は好きだし、周囲で新海誠というクリエイターを知らない人が多くて私はこの10年近くずっと推してきました。劇場の予告でも見ていてさすがに全くの情報無しには見れず、なんとなく展開も読めるけど新海作品は見る使命感があるので行きました。

今回は「オススメ」する方向から感想を述べます。
ただ、この感想も皮肉ってるように聞こえる部分があるのですが、まあいいでしょう。ちなみに、
1回目は、情報をほぼ無しに期待値を上げすぎず。
2回目は、1回目で腑に落ちなかったところもあるので。
3回目は、久しぶりに友達に会う時に観る事になって、友達に会えるしもう一回観るか

まず9月の3連休が終わり興収が90億を超えたそうですね。
まあそりゃあのスタートなんだから100億は行くと思ってたのでもう驚きません。
でもそのくらい国民的映画になったということで、話題性としても見ておいていいんじゃないかな。
しかもそれが、”アニメ”だからです。普段アニメを見ない人も巻き込まないとこの数字は出ません。
これまでジブリが引っ張ってきたアニメーション映画に踏み込めた事はとても大きいと思います。
正直、宣伝勝ちでもあるんですが。

☆鮮やかで緻密な背景描写
 昔から私は、新海誠の描くアニメーションは、背景描写と光の使い方がとても緻密である事と、
少年少女の奥深くの大人が思う以上に複雑な感情だったり、青春が止まった大人の描き方がアニメーションでうまく描かれているんだという事を周囲には言ってきたので(本当です)「ついに大々的に来たか」という思いがありました。
 さて、その映画ですが、言わずもがな背景綺麗だし、あの殺伐としたような新宿に生命が宿ったみたいで、心奪われる彗星は映画館の大きなスクリーンで観る価値はあります。常々、映画は映画館で観てナンボな精神でいる私にとっては、本当にこれは映画館で観ないと損です。そして、彗星が落ちるとこの<<キーーーーーーーーーーーーーーーーーン>>もいいSEだと思います。何かが変わるそんなブラックアウトが。

☆結び、という題材
 正直、タイムパラドックスが気になってしょうがなかったのですが、結びの説明でばあちゃんが「人も時間も結び」である事を話すなかで、細かいところ忘れたけど、”時には戻って”という事も言っていて、結びが非科学的なことを肯定していたから矛盾はしないんだね。パラレルワールドみたいな事ね。(ご都合主義なんてフィクションなんだから言ってもしょうがないよ。)人と人の結びは別段言及するほどでもないな。テーマだし。

☆ひねり無しにハッピーエンド
 何も考えず、少年少女の青春恋愛映画としては良い出来なのではないでしょうか。デートムービーになるくらいなので(あ、そう)。今時の少年少女が、非現実的な事に遭遇して、自分の狭い世界から抜け出して、恋に気づいて、思い出せないのに忘れられない初恋を胸に大人になって再会してハピエン。
秒速観ていた人には、新宿のすれ違いが「あ・・・」って思った人も多く、だからこそ、あの秒速にはなかったすれ違いで終わらないエンドが、今までの新海作品のカタルシスとなり、新規ファンには極上の恋愛映画になったのでしょう。
 「いつ恋愛感情に気づいたの??」と思う人も多いみたいですが、いつの間にか落ちているのが恋だったりもするし、短い期間だけど相手の生活をして相手の人間関係や性格を知ってるから、それだけでも十分だったと思う。大人になっても忘れられない、でも明確には思い出せない想いもあるものなのでしょう。そういうのが、これから大人になる若者に、昔少年少女だった大人たちの心に響いたのかと思います。

☆新海監督の新境地
 単純に、あーこの人もエンタメ作れるんだ、というところが一つ。OP入れたりしてアニメ映画慣れしてない人も入りこめましたから。それに歌詞ありの曲が4曲でしょ?これは新しさがある。
 そして、これまで憂鬱な描写もあったり、ハピエンでない(よく言われる、物理的距離&心の距離)ことが多くて、今回も…という予測が立てられたなかで、私がここだけは今までと本当に違うと思ったのが、
”男が会いに行った”というところです。
ほしのこえ(これは宇宙も絡むので物理的距離がありすぎるんだけど)では、ノボルにはミカコに会いに行く術がない。会いたくても会えない。そしてもしかしたら来るかもしれないメールを待つだけ・・・・・。
秒速5センチメートルは、タカキが抜け出せない思い出を引きずってるのが全面的に出ていて、一応中学生の時に電車を乗り継いで会いに行っているんだし、行こうと思えば会えたけれど確実に思いが伝わってタカキもアカリも会いにいけないこともないのにいかなかった。
雲の向こう、約束の場所は、会いに行くとかそういうのとはちょっと違うけれど、やはり女の子ありきというか、消えてしまったものを再生することはなく。
言の葉の庭は、物理的距離は無いけれど、交わるようで一瞬交錯しただけでやっぱり距離があって、男の子も近づけない大人の女性との人生の重さというか心の距離に身を引いて終わり。
(誤解されないように言いますが、どの映画も切ないけれどバッドエンドだとは思ってません。)

それが、『君の名は。』では、連絡がつかなくなって記憶が曖昧になり、それでも過ぎていく日々のなかで見えない何かを探し続けた結果、瀧は三葉に会いに行くよね。口噛み酒を飲んで時も超えたよね。入れ替わった後も御神体まで走ったよね。三葉も3年前だけど思いつきで東京に行ったよね。
つまり、これまでと徹底的に違うところは、

その気になれば、会いに行ける。ことを体現した映画だと思います。
ほら、今ってすぐ連絡とれることが当たり前じゃん。
なんで行かないの?とか思わせるより、会いにいった!どうなるんだろう?というほうがエンタメとして成り立つよね。大人も会えなかった鬱憤よりは、昔会えなかったから会いにいってほしいという感じがわかりやすいよね。


そういう映画を作るようになったか。
国民的映画、国民的アニメ映画監督になったか。 という気持ちです。

素直におめでとう、と言わせていただきます。実際嬉しい。


そして次回予告。
「こんなに大成するとは思わなかったよ!あの頃の新海はどこへ?今までのはなんだったの?もうマイナーな監督とは言わせない。次は何を作るのだろうか。日本のアニメ映画の未来は明るいね!」
次回、「さらば新海。」


きっと、うまくいく:合言葉は「アール・イズ・ウェル」

page.3

『きっと、うまくいく』(2009年/ラージクマール・ヒラニ

洋画はどうしようか迷ったのですが、邦画以外で考えてみたら、なんだ、すぐ浮かぶじゃないの。
インド映画。ボリウッドからお気に入りを一作。インド映画って2時間半以上の長尺のイメージを勝手にもってまして、これも170分ありますが、全く気になりません。それくらいハイテンポに進んで行くしミュージカル風なところもあり、飽きません。

 原題が"
3 idiots"、つまり"3バカ"。ですが、じゃあどこからタイトルはきたの?てなりますよね。
「きっと、うまくいく」は劇中歌にもあり、主人公のランチョーが口癖のように言う「Aal izz Well(All is well)」を訳したもの。この作中至るところで使われるおまじないみたいな。

はい、あらすじ。
 行方不明だったランチョーが街に戻ってくると聞き、ファルハーンとラージューは母校に向かう。しかしそこにランチョーは現れなかった。10年前、三人は名門大学の学生だった。真っ直ぐな心を持ち、発明が大好きなランチョーは、入学時から相手が学長であろうとはっきりと意見を述べ、周囲を驚かせながらも、彼の言動に魅了されていた。物言いが激しく何度もピンチになるものの、彼はいつも言っていた「All is Well(きっと、うまくいく)」と。しかし、ランチョーと学長の娘・ピアが接近したことをきっかけに、卒業目前で3人は退学を言い渡されてしまう。そして10年後、仲間が再開した時に彼はいなかった。彼はどこへ消えてしまったのか。人生で大事なことを教えてくれた彼との思い出を胸に、仲間たちは彼の足跡を追っていく。

 

え?長い?そりゃボリウッドだから多少はね?

 ボリウッドの語源は、インド映画産業の中心、ムンバイの旧名称であるボンベイ(bombay)の「B」と、アメリカ映画産業の中心地、ハリウッド(hollywood)を合わせたもの。で、ムンバイには、ムンバイフィルムシティという撮影所があり、多くのインド映画が撮影されています。インド映画もトーキー時代からあるというんだから歴史は深い。昨今の撮影技術の進歩とともに、製作本数や観客動員数も含めて世界の映画産業において、トップクラスなのです。
 内容は、明るいコメディもあれば、アクションもかっこいい。それにやはり文化だね、サリー着てたり装飾が艶やか。そして、たとえコメディ映画でも描かれているのが社会情勢だったり、人の優しさだったり。そして生きていくのに持っていたい、ちょっとしたユーモアが満載なんですよ。

そして、本作「きっと、うまくいく」のユーモアさはハリウッドと並ぶかそれ以上だと思います。こんなやつと学生時代過ごしたかった〜。ランチョーの仲間2人は、名門大学を卒業して名高い企業に勤めて安定な暮らしを家族にさせたくて必死なんだけど、一緒につるんでるランチョーはおかまいなしにやりたい放題。そのおかげで試験は下から数える方が早い、というか一番下。でもランチョーは…1人だけ余裕でクリア。こいつなんなんだ!?って思っても、勉強も遊びも天才の彼を誰も憎めないやつなのです。唯一憎むのは学長(笑)。

勉強に悩み、人生に悩み、思いがけないハプニングが起こったとしても大丈夫。

Aal izz Well(アール イズ ウェル)」きっとうまくいく。
 YouTubeに昔落ちてたんだけど消えて無かった…劇中で歌が流れるんだけど、とても盛り上がる場面で楽しいんだ。
まあアップダウン激しいところでもあるのですが・・・。
 人生に行き詰まった時とか悩める時に、思い出してほしい言葉。「きっと、うまくいく」と唱えたら絶対この歌が脳内駆け巡りますから!踊り出しちゃうくらい気分が盛り上がるから!なんとかなっちゃう気がしてくる!はず!

 ランチョーは周りに人生の楽しさ、楽しく人生を過ごしていくにはどうすればいいのか。ただ自分本位に動けばいいというわけでもなく、思いやりだったりちょっとしたユーモアだったり、今日からでも自分たちにも出来そうなことを教えてくれるのです。そして天才なのに真面目じゃない!?ランチョーがやりたかったことってなんだったんでしょう?友人たちと一緒にランチョーを探しに行きましょう!!!!

見たくなってきたーーーーー
気に入って即購入したのでDVD持ってますけどね。
ちなみに踊り出したのは紛れもなく私です。

スピルバーグ監督は「3回も観るほど大好きだ」と絶賛し、ブラッド・ピットは心震えたそうです。
スピルバーグは自分で撮影しながら泣いちゃう人らしいけど、それくらい映画には熱い人で、
その人がリピートするってそういう映画だったりもしちゃうのです。

ちなみに、ちなみに他のインド映画なら『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1998年)も楽しかった。
愉快すぎるよインド!




 

Love Letter:少しセンチメンタルな話が好きなようです。

page.2

『Love Letter』(1995年/岩井俊二監督)

 

アニメの一番やったので、次は邦画で大好きな作品。
映画を真剣に学び始めた時に友達からまず岩井俊二監督を教えてもらって、
花とアリス』『リリイ・シュシュのすべて』『if もしも〜打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を見た後にたぶん見て、また見たのか!って言われるほど1年で繰り返し見た時期があった作品。
監督の長編デビュー作であります。

 岩井俊二監督は、今話題…という言葉では足りないほど大ヒット中の『君の名は。』にspecial thanksで
テロップ入ってましたね。先述の2作品はよく代表作にあがって、観てないけど最近は『リップヴァンウィンクルの花嫁』がありました。思春期の子ども心から大人の恋愛模様まで描いてるだなんて言うと、よくあるザ・青春恋愛映画みたいなイメージに繋がりそう(笑)。
 爽やかな柔らかいタッチの映像で、カメラワークでさえ私は柔らかさを感じてしまう不思議な世界に引きずり込みながら、一方でその内容は、人の心のさらに奥に潜めているものをじわりじわりと出して、ズシンと心にのしかかる衝撃と解放感を残していく作品性だと思います。
て言いつつ、今回紹介する作品と、さほど評判話題にならなかった『新しい靴を買わなくちゃ』は、過
去との決別と新たな出会いを描いてたりする恋愛映画なんですけどね。

まあまずは、あらすじ引用-----
婚約者の藤井樹を亡くした渡辺博子は、忘れられない彼への思いから、彼が昔住んでいた小樽へと手紙を出した。すると、来るはずのない返事が返って来る。それをきっかけにして、彼と同姓同名で中学時代、彼と同級生だった女性と知り合うことになり……。

 

以下、ネタバレ含みます。


樹2人いるので、樹と藤井くんにしてます。

 
 何が好きって、時代を感じるよね。まさにひょんなことから手紙を送った相手(しかも同姓同名の女性!)と文通を始めるという。届くはずのなかったラブレターから返信が来るなんて何かの縁かもしれない。だって見えないお互い同士だけど、藤井樹を知っているという共通点があった。そして知らない中学時代の藤井くんを知りたくて博子は尋ね、樹は懐かしむようにその思い出を綴っていくのが印象的。

 博子と樹の二役を演じた主演の中山美穂さんが可愛い。20年前から今も色あせない可憐さ。でも、可憐さのなかに元恋人を忘れられない切なさや儚さ、中学時代を思い出してノスタルジックに浸ったり、ハキハキしてる女性を見事に演じていらっしゃる。

 博子が知らない中学生時代の藤井くんを、あまり思い出という思い出がなかったくらいの記憶しかない樹から聞くんですよ。そりゃそうですよね、思春期あたりで同姓同名の異性いたら、凄い仲良くなるか口聞かない相手になるか両極端だと思う。それに藤井くんはまたすぐいなくなるし。

 知っているのは同じ人のはずなのに、まったく異なる印象を持って、共通点もないような生活を送っているなどすべて正反対に描かれているのが、一人二役やっているから余計に鮮明になっていって。
 

 そして、博子に想いを寄せてる友達の男性がまた一途。博子は、藤井くんの暮らした街はどんなところだったのかな?樹さんてどんな人なのかな?って不安と期待と色々なものが混じり合ってる旅をするんだけど、その友達が、元恋人を忘れられずにいる相手を見守って一緒に北海道まで行くからね。大人の恋愛はここだけなんだけど、大人になればなるほど、自分の知らない相手の過去があるんだよね。

 確か藤井くんの実家でアルバムを見るんだよね。そして気づく…顔が似てることに。もちろん博子の事は好きだったんだろうけど、でも思わずにはいられないよね、「もしかして昔の想い人に似ていたから」なんてこと。そして樹は、そんなこと微塵も思ってない。何も起こらずに記憶の片隅に消えていた過去。
 でも藤井くんが暮らした街を知り、一方的に樹を見かけ、博子はお別れをする。もう会えない藤井くんに。そして北海道の大地で叫ぶ。

「お元気ですか?」
返って来るわけがない相手に、誰もいない場所に叫ぶ。ここ本当に大好きな場面なんです。名シーンであり大好きなんです。お元気ですか?って、うまく言えないけど、物理的にも心的にも距離が離れてる相手に言うよね?普段連絡をとってる人には言わないし。まるで、墓地、お墓まいりに行った時に、墓標に向かって語りかけるような。北の大地に、空にきっと藤井くんはいると思ったんでしょう。届くと思ったんでしょう。そして博子は新たな日々へ歩き出すのです。

 博子の藤井くんへの別れだけじゃありません。クライマックスへ続く?私が一番好きシーンへ続く母校の中学校での話。(…わたしの記憶が曖昧だ……)手紙のなかで博子に促され母校の中学校へ。そして懐かしむ思いで図書室へ。そこにいた今の図書委員の女の子たちが
”伝説の人物=藤井樹”を前に大歓喜図書カードに書かれた一番多い名前だった人物だったからです。でも、その図書カードに書いたのは樹ではありません。藤井くんです。中学生たちは揃って「あなたの名前を書きたかった」と言います。つまり、好きな人の名前を書きたかったということ。

 信じられない。藤井くんに限ってそんなことあるわけがないと思う樹でしたが、ある日、図書委員の中学生たちが家に訪ねにきます。ある本を持って。タイトル…「失われたと時を求めて」(すみません検索しました)。それは、藤井くんが転校する直前に図書室に返しておいてほしいと、樹に渡したものでした。なぜ私だったのかと思った当時を振り返ります。
 ここまで来ると、藤井くんは樹が好きだったんだことは丸分かりなのですが、それだけで終わりません。藤井くんが渡したのは本、ではなく、その中の図書カードに詰めた想いだったのですね。図書カードの”裏”には樹のデッサンが描かれていたのです。気づくかよ!って話ではありますが、気づいてほしいし、気づかずにいてもほしいという淡い淡い恋心だったのでしょう。

 偶然始まった文通。そこで語られる藤井くんの存在。それまで藤井樹という人物像が2人の回想を交えてふわりふわりとしていたものから、彼がどういう人だったのか鮮明なります。そして樹の藤井くんとのイマイチ掴みきれなかった関係も含めて私の視界がバーっと開けたような感じがしました。

 

今回も文がひどい。泣
でもこれ以上いまの私では引き出しがない。

 

 

作品性としては、少しセンチメンタルな話が好きなようです。 

 

 

 

 




時をかける少女:殿堂入り

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時をかける少女』(2006年/細田守監督)

殿堂入り、とタイトルにした理由は、単純に私が一番好きな映画だからです。
そして、私の好みの映画を語る上で一番わかりやすいと言っても過言ではないと思います。
「アニメーション」「細田守監督」「青春と変化する日常」
これ以外にももちろん好きなジャンルはありますが
大枠で言うとこんなところかな。

 

概要とあらすじは引用させていただきさらりと。

”1965年の原作発表以来、幾度となく実写映像化されてきた『時をかける少女』(著:筒井康隆 角川文庫刊)、初めてのアニメーション映画。原作とは時代も主人公もタイムリープ能力の手に入れ方も変えた新しい物語となっている。公開当初は21館が口コミで広がり上映規模も拡大、約1年間のロングランとなった。
主人公は2006年を生きる東京の女子高生・紺野真琴。男友達の津田功介、間宮千昭と当たり前のように高校生活を過ごしていた。あるきっかけから「今」から過去に遡ってやり直せる力、タイムリープ能力を持ってしまった真琴は、その使い方を覚えると、何の躊躇もなく日常の些細な不満や欲望に費やしていく。「何かあってもまた戻ればいい…」思いのままに時間を操り謳歌していく真琴だったが…。"

大林宣彦監督の尾道三部作でもある一作目から、映像化は2016年7月のドラマでなんと9作にも及び、
そのなかでも筒井先生の太鼓判が押され「本当の意味での二代目」とまで言わせた本作。
そして2016年、10周年という節目を迎えました!!!はい拍手!!!!
 ☆7月16日(土)@東京国立博物館の野外シネマ 奥華子さんライブあり
 ☆期間限定上映@角川新宿ゲストトーク付
 ☆時かけカフェ@渋谷パルコ
行かせていただきました!!!
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監督がおっしゃっていたように、「公開初日は多くがメガネをかけた男性で埋まっていた」と言うほど規模は小さく熱心なアニメファンから始まっており、そして
10年経った今でもファンを増やし続けている作品。製作陣トークでも「カルト映画(=熱狂的ファンによる小グループによって支持される映画)」と評されておりました。

私は公開当時、映画館で観てないので堂々と言えないけれど、2006年か2007年の終わりには見ていて、初見でとても好きになって、でもやっぱり学校でも話題にならないような感じだったんだよね当時は。後々話題にする人もだいたい方向性同じ人たちでね。
それが、上記イベントでは、まだ高校生くらいな子もいたりカップル多くて戸惑いと驚きを隠せなかった。でもこの10年で細田監督の知名度はそれはそれは大きなものになっているし、それだけ広く知られるようになったんだなとファンながら実感。

そろそろ映画の内容話せよって。ので。
全部好きだけど敢えて挙げる好きなシーンかつ、よく見ていただきたいシーンをば。

①背景描写
 青空も夕方の河川敷も含めて背景描写ももちろん好きなんですけど、特に好きなのはあからさまにズームアップされるあの
二手に分かれる標識。道路標識に見せて、未来の分かれ道を示しているのがその後の真琴の行動も相まってとても印象に残ってます。
 最後の河川敷の歩道を端から端まで使った別れのシーンもたまらない!あえて消えるまでズームアップしないところは瞬きすら忘れて見入ってしまう。
 あとタイムリープシーンでのデジタル描写&回想シーン。時間を飛び越えている感じがよくわかる。時間は一直線で、一分一秒コンマまで細かく時が流れているだけでもテンションあがるのに、そこへ回想ですよ。ああ、私たちはその瞬間瞬間を生きているんだなって思うんだよね。そしてそこでの回想シーンは胸熱。あと驚きなのが、最初(しか覚えてない)タイムリープしたときの真琴の輪郭が赤い理由。仏教曼荼羅からアイデアが来てるそう。曼荼羅って仏を悟った境地などが描かれているんだけれど、まあ要は時間を操るという超越した存在を表現してるらしい。うーん考えられてる!後にも書き足りなくて書いてますが、至る所に美術的表現があったとは思わなんだ!
②真琴の疾走&心理変化
 最初は自分のことだけしか考えてない→友達と後輩のために→千昭のために。走る走る走るとにかく走る!時間を遡る必要の長さに応じて距離と高さが伸びているのもおもしろい。ただ、自分の気持ちの変化に気付いた時や変わってほしくない未来を考えてる時には、とぼとぼ歩いたりしてるのが際立っているなと私は思います。走ったり、止まったり。感情に揺さぶられてる感じがまさに青春だなあって。全然書き足りないけど次!
③曲
 言わずもがなっていう。奥華子さんによる「変わらないもの」「ガーネット」。デビューしたての彼女に依頼をする監督、お目が高いよね。「変わらないもの」はすぐに出来たらしい。千昭目線となっているのはお気づきですか?おちゃらけた感じの千昭を考えて聞いて、しかも挿入歌は回想部分だから余計に(涙)。すんって急に曲止まる演出も一気に飛んで戻ってきたように引き込まれる。「ガーネット」は結構苦労したのは知らなかったですが、こちらもぴったりの主題歌になっている楽曲です。

まあ本当の本当に一番好きなのは、最後ちょっと重厚感増したBGMにのせて描かれる、真琴が入道雲が浮かぶ空を見上げるシーン・・・からの!タイトル!
何度見ても
\( 'ω')/おおおおおおおおおおおおおおあああ!!!興奮冷めやらぬ。


アニメーションならではの表現ができるのが、アニメーションの良さです。

・・・もっとうまく伝えたい。感情的になりすぎず紹介できるようになろう。


おわり。


おまけ。
 それからトーハクの時かけ展で知って大変感心したのが、キーとなる「白梅ニ椿菊図」ほか、ちゃんとは見えないけど一緒に飾られた
絵画たち、の設定。
これら全て綿密に歴史も考えられた美術シーンであり表現技法なんですって。「白梅二椿菊図」は本作オリジナルの架空の作品だけど、一緒に展示されているものもすべて(1つだけ作者わかってるみたい)作者不明で統一されているんだよ。ただ飾られてるだけじゃない、美術館や博物館は何かしらテーマがあるからね。細かい。”世界が終わろうとしていたほどの戦争と飢饉の時代”に描かれていたという背景に、作者不明を揃えてくる、より重さが感じられる…。

 ほかにもあるよ河川敷で真琴が手前に走りこんでくるまでの一連。と、千昭がタイムリープを使ったときに映る数枚にわたる止まった世界の光景。前者は後々サマウォとかのシーンでも使われているんだけど、一点透視図法?遠近法?(美術苦手だし忘れた)を使わずに、人の下半身を隠すことで”向こう側””奥がある”ということを表す日本画?浮世絵なんかでは多く使われているんだそう。後者も絵画で、鳥だったり水がはねるところとかのも、連続性?か何か印象的にさせるために同じものをたくさん描くらしい(全然覚えられてない)。

とにかく、芸術性も取り入れられてるって言いたい。